2006年4月 2日 (日)

はじめに

 私は1993年10月に会社の定期健康診断で肝臓の異常を指摘され,翌年3月より入院してインターフェロンによる治療を受けた者です。35歳から36歳になったばかりの時期でした。慢性活動性C型肝炎でした。約6か月にわたってインターフェロンを投与し,その後は特に治療はしておりません。

 1994年3月の入院以降,検査の結果は順調に推移し,現在,肝炎ウイルスは「消えた」と言われております。治療に関しては,患者はシロウトであり,病状は個々人で異なるため,個人の体験を残しても後の方の参考にはならないでしょう。しかし精神面や生活面については,患者の体験はなにがしかの参考になることもあるだろうと思い,記録を残すことにしました。

 これらの記録がどなたかのお役に立てば幸いです。

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このブログは,C型肝炎患者のホームページ内にある「闘病の記録」を移植したものです。ホームページには,患者会の紹介や検査結果の一覧,私の近況などを掲載していますので,興味のある方は,ぜひ,ホームページのほうにお越しください。

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肝臓がおかしい

●健康診断
会社の健康診断では35歳から検査項目が増えるのですが,1993年の秋,それまで何の問題もなかったのに,35歳の検診を受けた途端,肝臓で引っ掛かりました。毎日そこそこの分量の酒を飲んでおり慢性下痢状態でしたので,胃とか腸では何かあるかも…と思っていたのですが。

1993年10月にGOT=54,GPT=74で,肝臓につき再検査,胆石もあるという通知が来ました。その後も二日酔い以外,体調を崩すこともありませんでしたし,数値も大して高くないことから,その結果については,ほとんど気にしていませんでした。友人で飲み屋のマスターをやっている者がいるのですが,「まだ,リャンハン(麻雀用語です)じゃん,大丈夫,大丈夫。オレんとこのお客さんにはウーハンでも飲み続けている人がいるよ」なんて言っておりました。これは検査で2項目ひっかかったぐらい大したことはない。5項目ひっかかっても大丈夫な人がいるよ…という意味です。

●大腹痛!! ヤバイかも?!
そのような次第で,その後も酒は毎日飲み続けておりました。酔うのが早く,ときおり記憶がないなんてこともありましたが,私の場合,記憶がなくなるのはよくあることで,弱くなったのは年のせいだろうと気にしておりませんでした(女房はたまったもんではありませんよね)。例年同様,忘年会・新年会と酒漬けの日程に突入。忘年会は乗り切ったものの,新年会第4戦を終えたところで猛烈な腹痛に襲われました。

1994年1月4日。昼間から友人達とシコタマ飲み,夕方帰宅途中から腹痛が始まりました。夜になっても痛みが収まらず,脂汗をかく始末。翌日,近所の医者へ行き,診断を受け,肝臓の話もしました。診断結果は「今回の腹痛は胃ですね」とのこと。「一応,肝臓の検査もしておきますから,来週来て下さい」と言われました。

それ以降,夕方になると妙に身体がだるく,風邪をひいて微熱があるような感じでした。仕事は忙しかったのですが,体調がすぐれないため,早めに帰宅するようになっていました(といっても,会社を出るのが22時ぐらいから20時ぐらいになっただけですが…)。猛烈な腹痛に襲われて以来,酒はやめました。まったく飲む気がしなくなるほど,夕方から夜になるとぐったりしてしまっていたのです。この辺,よくわかりませんが,朝から昼間にかけては割合普通にしていられました。

1週間後の検査結果はGOT=88,GPT=169で,「近所の大学病院に紹介状を書くから行って下さい」「入院になると思いますよ」とのこと。病院に行き,外来で診察を受け,また同じ検査をしました(医者って自分のところ以外の検査を基本的に信用しないようなところがあります)。で,「1週間後にまた来てください」と言われました。

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C型肝炎発覚

●慢性活動性C型肝炎
病院での検査結果はGOT=121,GPT=200で,慢性活動性C型肝炎ということでした。医者は「早めに入院してください」「多分1か月も入院すれば仕事には出られますよ」と簡単に話してくれました。大きな病院に行ったことのある方はおわかりになると思いますが,外来は正に「2時間待ちの3分診療」という状況で,患者が質問をして疑問点がなくなるまで医師に細かい説明を受けるという理想にはほど遠い状況です。何やらマズイらしい。こりゃ入院しなくては,ということはわかりました。GOT,GPTの値も検査をする度に上がっています。ただ,医者があまり慌てた風ではないのでそれほど緊急を要するわけでもないようだ…というのがささやかな安心材料でした。

その後,自分でも本を読んで多少勉強し,早期に入院して治療をきちんとしなくてはと,気持ちは固まっていきました。仕事の調整などをしているうちに,結局入院は3月からということになりました。健康診断の検査結果を知ってから半年後,大腹痛以来,2か月が過ぎての入院ということになりました。体調は相変わらずで,夕方になると微熱が出ているように感じ,身体がだるく,「ごめん,疲れてるみたいなんで帰るわ」などと言っては,部下を残し先に退社するという日が多くなりました。ほとんど病気をしたことがないので,病気だと言われて気分もすっかり病人になっていたという感じでもあるんですが,体調がすぐれないので,一層,とにかく治療しないとマズイという気持ちが強くなりました。短気な性格でもあり,とにかくここはきっちりサッパリ治療したいと思うようになっていました。

私はC型肝炎というウイルス性の肝炎(当時,日本全国で150万人患者がいるといわれていました。最近は200万人とか240万人ともいわれているようです)にかかっており,しかもそれは活動性で,今も肝臓を害している。GOT,GPTの数値に見られるように,その活動は活発化してきている,このまま放置すれば肝硬変・肝がんへ進行しかねない…というのがそのときの認識でした。C型肝炎ウイルスの感染力は弱く,日常生活で他の人に病気をうつすことはまずない,というのがせめてもの救いでしたが,しかし,この時点で妻や子供(3人います)も感染している可能性はあり,妻に検査を受けてくれと頼みました。

今にして思えば,1993年10月〜1994年3月まで,自覚症状は,微熱と軽い疲労感しかありませんでした(ちょっと風邪をひいたかな,とか昨日少し飲み過ぎたかな,といった感じです)ので,健康診断がなかったら,肝硬変になるまで気がつかなかったかもしれません。「早期発見」「治療より予防」といいますが,それらは本当に大切であると思います。私の場合は,結果的に「早期発見」という形で,発病したての早い段階(ウイスルの数が少なかった)で治療したことがよかったのだと思います。

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入院準備・入院直後

●準備
病院で入院の予約をし,入院日の連絡待ちをしている一方で,だいたい1か月の入院ということで,仕事の都合を調整しました。業務の大筋については部下も上司もいるので大きな問題はないと思いましたが,欠員が生じればその分他の人の仕事量は確実に増えるので,その点は大いに気になりました。これらについては退院してから埋め合わせをするつもりでお詫びを言いながら淡々と引き継ぎをしました。勤務関係の届けについては有給休暇がたくさんありましたので,1か月のうち相当部分はカバーでき,残りの数日を欠勤としました。賃金にはほぼ影響がないので,生活にも重大な支障はない見通しでした。

●入院・入院直後
1994年3月5日入院。看護婦さんから起床・消灯時間,食事時間,入浴日のことなど病院のルールにつき説明を受けた後,病室へ。内科の大部屋(4人部屋)です。他の患者さんは,私と同じC型慢性肝炎のSさん,あとお2人は高齢の方で,胃の疾患で手術をされた方ともうお一人は退院間近のオジイサン。退院間近のオジイサンは肝臓ではないようでしたが,何かの治療の副作用でまつげまで抜けて,頭もツルツル。すごい恐い顔の人でした。まずは環境に適応できるか,特に病室の人間関係がうまく行きそうかが大事です。どうやら得体の知れないこの恐い顔のオジイサン以外の方とは,うまくやっていけそうな気がしました。

●治療の予定
その日のうちに医師が来て,今後の日程について大まかに説明をしてくれました。最短だと3月7日か8日に肝生検,3月17日頃結果が出て,3月22日頃からインターフェロンによる治療開始という予定。インターフェロンは1か月半から最長で3か月ぐらい。これは肝生検の結果次第とのことでした。

まず,肝生検がいつできるか確定できないので,この都合次第で予定は順に後にずれるとのこと。私の入院した病院では,肝生検のスペシャリストの医師がおり,この医師の都合で日程が決まっていたようです。結局この予定は少しずれ,以下のようになりました。3月11日に肝生検についての説明,3月14日肝生検。

私としては,アレレ?? という感じです。3月5日から1か月の入院ということだったのに,最短でも1か月延長されて(3月5日の入院後1週間で肝生検,その10日後ぐらいで結果が出て,それから最短でも1か月半インターフェロンなので,その時点で入院は2か月以上になることがわかりました),かつその後も検査の結果次第でどうなるかわからない,ということだったのです。会社にこの旨連絡するのは実に気が重かったです。この年,末の娘が幼稚園入園だったのですが,4月上旬の入園式に行けそうにないということにも落胆しました。

さて,そのようなわけで,3月5日に入院してから,3月14日までの10日間,私は何の治療もなく薬も飲まず,ただ早寝早起きをし,規則正しい食事をし休養をしているだけの状態でした。いくつか簡単な検査をしたぐらいです。入院2日目以降ぐらいから便通が子供のように快調になったのには驚きました(酒は飲まないでいたものの,その後もいわゆる慢性「軟便」状態だったんです)。さすがに病院の食事は胃腸にやさしいんだ…と実感しました。身体は仕事をしていない分楽でしたが,夕方から夜になると多少疲労感があり,37度近辺の発熱がありました。

食事・喫煙ともに制限はなく,簡単な検査があった以外,基本的に毎日ブラブラしていました。同室に同年代(1歳年上でした)で同病のSさんがいてくれたこと,私には読書の習慣があったこと,現在では無理だと思いますが,ノートパソコン(Apple PowerBook100)の持ち込みを大目に見ていただいたことは,幸いでした。患者同士でいろいろおしゃべりをしたり,読書をしたり,手紙を書いたり,ハイパーカードでスタックをつくるなどして過ごしていました。

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肝生検

●事前の説明
肝生検というのは,お腹から針を刺し,直接肝臓の細胞を引っかいて取ってくるという検査です。検査自体の時間は30分ぐらいでしょうか,大したことはないのですが,たとえば,引っかくのが深すぎると肝臓に重大な損傷を与えることなどから,事前に家族への説明をし,同意を得るという手続きがありました。1994年3月11日でした。

私は5歳のときに全身火傷をして,瀕死の状況から3か月入院して生き返っております(実はこのときの輸血でC型肝炎ウイルスをもらってしまったようなのですが…)。ですので両親には再び心配をかけないよう,努めて重大な事態ではないと言ってきたのですが,ここで早くもそうも行かないこととなってしまいました。当然,今回の病気の件について説明があり,今回の検査も含め,今後の経過についても決して楽観できないことなど,親の耳に入ってしまいました。特に母には,私の火傷につき幼いときのことで責任を感じている様子ですので,聞いてほしくなかったです。35歳を過ぎて,また両親に心配をかけている自分が情けなかったです。

●肝生検
1994年3月14日。肝生検がエコーの器具(?)で映像を見ながら行われました。患者は上を向いたままで,お腹のほうでゴソゴソやっている感じです。普通なら1回で終わるのですが,私の場合,1回目は野球で言うチップみたいな状態で,表面をかすった程度だった模様で,慌てて2回目を行いました。そのとき,針が骨をかすったのでしょうか,その後肋骨近辺の痛みが1週間ぐらい収まりませんでした。ただ肝臓自体が痛むということはありませんでした。同室で同病のSさんから後で聞いた話では「1回でチョロっと終わり楽勝だった」ということですので,私のようなケースはほとんどないものと思われます。

肝生検の後,患者は丸1日動けません。上を向いたまま1日じっとしていなくてはならないのです。これは事前の説明で聞かされており,承知していました。動けないということの苦痛ですが,これについては多少動かないとこらえられないので,痛い部分があれば少し身体をずらすといった感じで1日凌ぎました。いま思えば,肋骨近辺の痛みが気になっていたのも気が紛れてよかったのかもしれません。食事は看護婦さんに食べさせてもらいました。これは,「はい,アーンして…」という,例の幸せなやつです。(^_^) 問題は排泄でした。小水はし瓶,これは上を向きながらします。何とかクリアできました。大便が心配でしたが,幸いもよおすことはありませんでした。

●肝生検後
3月14日の肝生検の後は,再び何もない日が2週間続きました。お見舞いに来てくれる人も,入院当初からあらかたこの時期(入院後3週間ぐらい)に来てくれましたので,妙に元気な病人という印象を持たれたことと思います。笑うと肋骨が痛むのがせめて病人らしいところだったでしょうか。ただこの痛みはときにはなかなかのもので,常時湿布はもちろんのこと,痛み止めの座薬をもらうこともありました。この予想外の怪我(?)のためか,日程がまた少しずつ後ろにずれていきました。

その他は,相変わらずで,食事制限もなく喫煙もOK(これは病気発覚以後ずっとそうでした),外泊(家に帰る)も許可されておりました。この頃,経済的にも,保険で入院費が出ること,また,この病気は難病のため東京都から医療費の助成があることなどを知り,当面家族も困らないであろうという安心感もあって,精神的には気楽でした。

インターフェロンは当時1回の注射で約3万円もする高価な薬と言われていましたが,1994年時点で,東京都では1回目の治療〈私の場合,インターフェロン代と諸検査〉に限り全額補助してくれるという制度があり(現状については,存じません。すみません),大変助かりました。加入していた保険の入院給付も会社に出勤しているのと遜色ない金額でした。もちろんボーナスはありませんが…。

資料1:医療費助成に関する書類

手紙1:会社の人への手紙

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