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2006年4月 1日 (土)

入院生活(2)

●IFN投与カレンダーを作りました
インターフェロンの治療が始まって間もなく,私はIFN(インターフェロン)投与カレンダーを作りました。病院にいると新聞を読んでいても日付がよくわからなくなりますし,何か励みになるものがないとやっていけそうにないように思えたからです。下は予定変更後に書き直したカレンダーです。これをベッドの脇に貼って,毎日注射を打ち終わる度に×を記入していきました。

Calendar

3月28日から5月22日まで,8週間の区切りがわかるようにして,入院中は真面目にマークしました。この間,家に帰ったりもしました。朝注射をして家に帰り,翌日午前中ぐらいに病院に戻って注射をしてもらうという感じでした。印をしはじめた当初は,「先は長いな〜」という感じでしたが,時間というのは本当によどみなく過ぎていくものです。桜が咲き始めて散り,葉桜になってしばらくした5月23日に,病院を出ました。

●入院生活(2)
実は,私の入院した病院は,自宅から自転車で5分ぐらいのところにあります。ですので,この入院の間,妻はほぼ毎日来てくれ,また,子ども達もしゅっちゅう来ていました。当時,長女は小学3年,長男は小学1年,そして二女は幼稚園に入園したばかりでした。妻はかなり不安だったでしょうが,子ども達はさほど心配したようでもなく,病院に来るとお菓子を食べながら皆で話ができるので,楽しみにしているようでもありました。

結局,病院にいる間,インターフェロンの副作用と思われるもので,自覚症状があったのは37度〜38度弱の発熱が主でした。その他耳鳴りや胸の痛みなど小さな異変はあったものの,総じて入院中は元気に過ごせました。医師との連絡にはやや不満がありましたが,患者同士の人間関係もよく,看護婦さんはじめスタッフはみなさん親切でした。看護婦さんに疑問など(治療の予定・自分の症状について,さらに助成金のことなども含めて)を言うと,即答できない場合でも必ず別の方から返事をいただきました。看護婦さんの「ほうれんそう」(報告・連絡・相談)のノウハウと徹底度は,通常の組織より明らかに上である,と思いました。人の命を預かる組織ですから,それはそうでないといけないはずですが,それにしても,これには感心しました。おかげで不満や疑問を長期に抱えることもなく,治療(ほとんど静養という感じでしたが)に専念できました。医師と直接話す機会は少なかったですが,これは看護婦さんを媒介に処理するシステムになっていたのでしょう。実際上は,何の問題もありませんでした。死の淵をさまよっている患者さん,救急の患者さんもいるので,医師はそちら優先でいいわけですが(もちろん,そうでないのが望ましいですが),当時は,やはり精神的にいまひとつゆとりがなかったのでしょう,主治医が滅多に来ないことが不満でした。医療に携わる方は身をもってわかってらっしゃるでしょうが,病気を抱えていると,子供のように「自分のことを見ていてほしい」と特に強く思ってしまうんですよね。

退院する1週間前頃には,先に退院した方が何人か続けて見舞いに来てくれました。同じ病気の元ヤクザさんとSさんも来てくれて,インターフェロン投与後の経過などを報告してくれました。残念ながらお2人とも数値は改善しているものの私ほどには下がっていませんでした(お2人のGOT・GPTは50〜60台ぐらいだったと思います)。元ヤクザさんは,退院後すぐ職場に復帰し酒も飲み始めたということもあって副作用がかなり辛そうでした。インターフェロンを投与していると,自分でも驚くほど体力が落ちていきます。そんなときに酒を飲んだらそれだけで身体には相当な負担になるでしょう。当時,私はまだまだ元気でそこまでわかっていなかったのですが,副作用については,これからもっとキツクなる可能性があるんだな…と,よくわからないなりに覚悟しました(つまりはどんな状況になっても取り乱したくない,ということだけなんですが)。

先輩から経過に関する話も聞けて,いちおうの覚悟をもって,「家族はしょっちゅう来てくれるし,外出・外泊もOK,患者同士の人間関係も円満」という,私の恵まれた約3か月の入院生活は終わりました。悪い思い出はただ一つ肝生検後の痛みですが,これぐらいは大目にみないとバチがあたると思えるぐらいの得難い日々でした。


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