『政治・行政の考え方』(2004.4.29)以来の松下圭一先生の本。A5判・約360ページ,ハードカバー。パラパラとページをめくってみて,“この本は気合いを入れて読まないといかん”とビビってなかなか手にできなかった本(BOOK-OFFで100円で購入。前の持ち主が最初の60ページぐらいに赤線をバシバシ引いており,でも,その後は力尽きておりました)。2005年末から読み始め,2006年最初に読み終わった本となりました。1991年12月発行の初版。

■『政策型思考と政治』(松下圭一/東京大学出版会/定価3,914円)
圧倒されました。これはすごい本です。公的職業に就いている方(特に政治家・公務員),公的職業を目指す方はもちろんのこと,全国民必読と言いたい(ムズカシイといえばそうなのですが)。おそらく東京大学出版会さんは,このタイトル・定価から見て「売ろう」とは思っていなかったんですね。「わかる人,読む必要のある人だけ読んで…」ということなのでしょうが,残念なことです。そういえば,森田朗先生の『改訂版 現代の行政』でも参考文献で取り上げられていました。さすがに森田先生は読んでおられるんですね(当たり前か)。竹内靖雄先生の『「日本」の終わり』(2005.12.10),森田先生の『改訂版 日本の行政』,そしてこの本と読んできて,随分と考えさせられました。特に「地方分権」「ナショナル・ミニマム」(憲法25条)「福祉国家」「個人」「市民」といったこと。
松下先生のこの本を紹介する力量は私には当然ありませんが,理解した範囲で言うと,キーワードは「市民」,「都市型社会」(上意下達・政府依存から決別した社会),「自治体・国・国際機構」(「分節政治」という言葉も出てきます),「政治は調整」といったところ。
この本の大きな幹は,都市型社会になれば,「政府」は自治体・国・国際機構となり,それぞれのレベルでの「政治的調整」が必要になる。ここで政治とは,この各政府レベルにおける《政策・制度》の模索・選択についての市民の「組織・制御技術」であり,市民の文化水準・政治習熟,いわば品性・力量の反映であるということ。市民を起点として「都市型社会の政策課題は〜(中略)〜国レベルのみにかぎられなくなっている。地域規模へと深化し,また地球規模まで拡大している。そのため,この政策制御の基準も,各政府レベルで,シビル・ミニマム,ナショナル・ミニマム,インターナショナル・ミニマムへと分化する」(351ページ)なんてことが述べられています。
なるほどねえ。確かに患者会の活動は地域政府や国を動かし,またNGOが重要な国際会議に出席して「インターナショナル・ミニマム」の形成に影響力を持っているという,私の知っている僅かな事実を見ても,市民を起点として自治体・国・国際機構というそれぞれの「分節政治」に影響を与えることは可能となっているんですね。そして驚くのは,松下先生はこの分節政治への道を,われわれが,まるで需要と供給が一致する市場の調整過程の上にいるかように,ほぼ「必然的」に進むと考えられていること。それぞれに「政治」があるので当然すったもんだはするけれど,それでも何十年も経って後ろを振り返って見れば,政治はそれなりの成果を出すという確信がおありです(少なくとも大衆の過半数がほぼ満足する程度には…ということなのでしょうが)。
戦後の焼け跡からすったもんだしつつそれでもここまで来た日本の過程,環境問題に対処しようとする国際的枠組みや制度の確定を模索する動き,これらに思いを致すとき,確かにそれはそうなんだろうと思います。自分のしていることや,国内問題ばかりに取り組んで外国との関係に気を遣っていないかに見える現在の日本政府のことを考えるとイライラもしますが,個人が生きるにも「政治」がからむことであれば,そんなにイライラしても仕方ない,なんて卑近なことを改めて思ったりもしました。
と,まあ,以上のような大枠だけの話であれば,普通に感動するだけで終わってしまうところなのでしょうが,この本の凄いのは,「政策開発と管理・行政」「政策費用と財務・財政」「政策実現の手法・手続」「政策の実効・演出・転換」など各論も充実していること。本書全体がそうなのですが,よく整理された文章や図版が使用され,重要なことが次々に語られていきます。人が2人いれば政治が生まれるので,そうした観点からだけ読んでも相当に参考になります。参ります。オススメです。すごい学者さんが書かれた本なのでビビる部分が多いですが,松下先生のお人柄(ユーモアもかなりおありな方ではないかと思います)がチラッと見えるような文章を最後に引用しておきます。
「いわゆる日本文化は,床の間を正面にすえ,塀に閉ざされた,〈屋内文化〉であった。日本の人々は花を愛すといっても,床の間の切り花であって,街角には花はなかった。また日本の人々は緑を愛すといっても,塀にかこまれた庭の緑で,都市には緑もない。市民文化ないし公共文化としての広場・公園をつくれなかったのである。これが,政治専制において,屋内文化を楽しみえた,庶民文化の構造であった。『鬼は外,福は内』ではないか」(356ページ)
鬼は外,福は内…。うまく使ってくれています。私たちは伝統的に公共心ってものがないかあ〜なんて思ってしまうとともに,今の若い人たちの狭い「ウチら意識」の原点を見る思い。それと,15年前に書かれたこの文章を読んで,人工的とはいえ,花も緑もある我が家近辺が造成されたことに感謝。どういう主体間の政治の成果なのかは,ちっとも知らないのですけれども…。
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リンク: 元C型肝炎患者のホームページ
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